2010年04月23日

自己犠牲は美しいか

他人のために自分を犠牲にすることができる人を、誰もがすばらしいと賞賛します。

自分の時間を投げうって・・・
自分の財産を投げうって・・・

確かに「自分のことよりも他人を助けよう」とする心を持つことは、誰にとっても簡単なことではありませんよね。

ところで、
自分の命を引き換えに・・・
という場合については、みなさんはどうお感じになるでしょうか?

命まで捨てられるなんて本当の意味での愛だ・・・
いくらなんでも命を捨てるのはどうかと・・・

これは個人の価値観によるものなのでしょうが、私は命は捨てるべきものではないと思います。
「捨てる」という表現が良くないので、再度「引き換え」という言葉を用いましょう。
それでも、私は命を引き換えにすることについてはあまり賛成できません。
人格者は命の大切さを重く感じ、それを人々に伝えるべき人だと思っているからです。つまり、自分の命も大切にするべきだという考えです。


とはいえ、本当に命の大切さを分っている人が、それでも自分の命と引き換えにしたいものがあるとしたら・・・

軽々しく「美しい」などと言う言葉を使えないですね。
posted by たかお at 18:31| Comment(22) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月23日

「忙しいから」は言い訳

前回に引き続き,仕事についてのお話です。

今回もメルマガの転載です。




〜〜〜 「忙しいから」は言い訳 〜〜〜

今回も仕事についてのお話です。

部下がメールを送っても一向に返事が来ない・・・
そんな上司はどこにでもいるものです。
理由は「忙しいから」。

本当にこの上司は仕事ができるのでしょうか?

自分から仕事を振っておきながら,その仕事のマネジメントができていない。
つまりそういうことですよね?

「忙しいから」というのは理由にならないでしょう。
部下に指示した仕事がコントロールできないのなら,その仕事が上司の能力を超えてしまっているのでしょうから,その仕事を他の人に一任すべきだと思います。

私の知る大手商社のOBはこう言っています。

「仕事ができないのは,能力がないかやる気がないかのどちらかだ。
それ以外に理由はない」
と。

「忙しさに感ける」

そんな言葉を意識しながら仕事をしてみてはいかがでしょうか。
posted by たかお at 02:08| Comment(1) | TrackBack(1) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月13日

有能な社員とは?

最近,仕事に関する相談を受けることが多いです。
そんな中で,気づいたことがあるので,書きます。
これはメルマガの転載ですので,メルマガ読者の方はご了承ください。

なお,予告になりますが,次回のメルマガ発行は6月14日,6月17日の予定です。



〜〜〜 有能な社員とは? 〜〜〜

若い社会人の不満のひとつに,上司の目が気になって定時に帰りづらいといったものがあります。

仕事が終わればもちろん退勤してもかまわないのですが,新人にとってはなかなか気を遣うものです。

今回は人格者とは直接関係ありませんが,仕事について少し触れてみたいと思います。

景気が悪くなり始めてから,人件費の削減を大幅に断行するところが増えてきました。その分,仕事量は減るかというと仕事量は減りません。
つまり,社員1人にかかる仕事量が増しているのです。

当然,残業をしないと対応できませんが,会社としては残業費を捻出したいとは思わないので,残業をしないように通告しますが,結局仕事が終わらないのでサービス残業となってしまいます。

管理職は大方管理職手当てをいただいており,一般的に残業代などは出ない所が多いようですが,平社員はたまったものではありませんね。

しかし,よく考えてみてください。
毎日遅くまで残っている社員が本当に有能なのでしょうか?

一見会社のために身を尽くしているように見えますが,もしかしたら仕事が遅いだけなのではないでしょうか?

私の友人は,「定時に仕事を始め定時に終えるという共通条件の中で,どれだけ仕事を進めたかがその人の能力だ」と言い切っています。
また,「残業や休日出勤をするのはある意味ルール違反だ」とも。

不景気だからこそ会社は有能な人材を確保したいと思うのは当然です。

定時に帰ることができる社員の方が,有能であるという考えはある意味理に適っていると思います。

残業や休日出勤など,時間さえあれば仕事ができるのは当然のことですからね。
posted by たかお at 22:34| Comment(5) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月30日

カラヤンの名言

久しぶりの更新となります。

実は私は大のクラシックファンでして,いろいろな指揮者や楽団の演奏する曲の聴き比べをしているときが幸せだったりします。

今回は,クラシックファンなら誰でも知っているカラヤン,クラシック通なら知っているあの指揮ぶりの所以をお送りします。

メルマガの転記になりますので,メルマガ読者の方はご容赦ください。



〜〜〜 要領よく生きる! 〜〜〜

突然ですが!
同じ生きるなら・・・

みなさんならこの後にどのような言葉を続けますか?

楽しく生きたい!
楽して生きたい!
お金儲けしたい!
この世の平和に身をささげたい!(すごい!)

私は昔から要領よく生きたいと思っていました。


さて,今回のお話は20世紀を代表する指揮者カラヤンのお話です。

彼は,同じ指揮をするのならば,どれだけでも余計な力を抜いた方がよいという考え方をしていました。(正確にはできるだけリラックスして,という表現だったと思います)
もちろんそれは晩年になってからのことで,若いころは非常にエネルギッシュでパワフルな指揮をしていました。

彼が言うのは悪い意味で手を抜くということではありません。
同じことをするのなら無駄は極力省くべきだというのです。

クラシック愛好家ならご存知だと思いますが,彼は晩年,ついに手首から先だけで超一流のベルリンフィルハーモニー管弦楽団を操っています。

要領よく生きることは悪いことだと思いません。
むしろ人は要領よく生きるべきだと思います。
しかし,この「要領」というのは簡単に手に入るものではありません。
苦労と努力を重ねて獲得するものです。

苦労や努力をなくして小手先だけでうまくやろうとするのは,やはり手を抜いるのでしょうね。

私たちも要領よく(無駄を省いて)生きていきましょうよ!
そのために今苦労してもいいではないですか!
今努力をしましょうよ!

と,私は言いたかったのです。

(でも以前お話した「無駄のススメ」と矛盾しますかね〜)
posted by たかお at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月11日

あなたは鐘?しかもどんな鐘?


坂本龍馬が西郷隆盛を「西郷さんは鐘のような人だ」と例えた話は有名です。
龍馬はそれに続けて「小さく叩けば小さく響き,大きく叩けば大きく響く」という内容の言葉を言っています。

これは恐らく,つまらない質問をすればつまらない答えが返ってくるが,よく考え抜いた質問をすればよく考え抜かれた答えが返ってくる。こちらから話した内容に応じて適した返答をしてくる。
といった意味だと思います。

以前,私がこの話を聞いたときは「ふぅ〜ん,そうだんだ」で終わっていました。
しかし最近,自分はどうなのかと考えるようになりました。

正直私は,細かいことを質問されても大きく響いてしまうタイプの人間です。
10質問されたら10答えますが,1質問されても5くらいは答えてしまいます・・・。
小さく叩かれてもガンガン鳴り響いてしまうような鐘なのです。

相手が何を望んでいるのかをある時は考えずに答え,ある時は考えすぎて答えてしまっています・・・。

大人になってやっと西郷隆盛を形容した龍馬の言葉が,ほんの少しだけ自分で消化できたような気がします。

みなさんはどんなタイプの鐘ですか?
posted by たかお at 01:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月06日

人格者の資質 〜ものの見方〜

人格者の資質のひとつとして,ものの見方・捉え方があると思います。
メルマガ35号で配信した内容を転記しますので,是非お読みください。

人格者の優れているところのひとつに,状況や事象を的確に判断する能力が挙げられると思います。

この的確に判断する能力というのは,何かしらの意見を聞いたときに,その意味を理解できるかどうかはもとより,中立的に意見を聞くことができるかという能力が不可欠であると思います。

中立的に意見を聞くというと少々難しいように感じますが,自分の考えを偏らせないために,バランスを取っておけばよいのだと思います。

もっと具体的にお話すれば,常に「対極から物事を見てみる」ことが大切なのだと思います。

これは意見をした相手を疑えと言っているのではありません。
相手を信頼しているかどうかに関わらず,あらゆる物事を必ず対極からも考えてみるようにするのです。

誰でも不公平,不平等,ひいきする行為には不快感を覚えます。
自分の意見が通らなくても中立的に物事を見て指示をされれば,会社の部下であっても子供であっても最後には納得がいくものです。

ですから,対極から考え意見を返すことは逆に信頼を得る行為だと私は思っています。
posted by たかお at 02:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月25日

アインシュタインの名言

明日4月26日にメルマガ第34号を配信します。
前回の第33号に記載した偉人の名言は,アインシュタインのものでした。
私も非常に気に入っているので,こちらのブログにも記載したいと思います(メルマガのコピーです・・・)。



〜〜〜 偉人の名言 〜〜〜

歴史に残る科学者が人格者であるかどうかはひとまず置いておいて,今回は誰もが知っている天才科学者アインシュタインの名言をお送りします。


Imagination is more important than knowledge.
     想像力は知識よりも重要である


「光量子の理論」でノーベル物理学賞を受賞し,「一般相対性理論」でお馴染みのアインシュタイン。
知識の塊のような科学者が,知識より想像力のほうが重要であると言ったのには驚きます。

科学に限らず,あらゆる学習において記憶力(知識)よりも想像力の方が重要だと私も思います。
人間に想像力がなかったら,ここまで文明が発達しなかったのではないでしょうか?
posted by たかお at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月14日

無駄のススメ

14日にメルマガ31号を配信します。

今回のテーマは,無駄は本当に無駄かというお話です。

勉強をするときや仕事をするとき,趣味をするときにできるだけ無駄を省きたいと思う気持ちは誰もが同じです。
しかし,無駄を多く経験することは長期的に見ると非常に後々効率よく仕事ができるのではないかと思います。

ただし,無駄な行いを意味あるものに変えていくことができる考えをもっていれば・・・。

私なりの考えをめるまがにまとめてありますので,よかったらご覧くださいね!

たかお
posted by たかお at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月11日

気配りと気遣い

辞書を引くと同じ意味である場合が多い,この2つの言葉。

みなさんは,日常生活において本当に同じように使っていますか?

私は,日常的にはこれらの言葉に微妙な違いを感じています。

それは,どのような気持ち(心理状態)で行ったかの違いから来るものだと思います。

今夜10時(予定)にお送りするメルマガには,私なりのこれらの言葉の違いと,春になって新しい環境で働く方(学ぶ方)へのちょっとしたアドバイスを載せます。

何気なく使っている言葉。

みなさんもほんの少しでいいから考えてみてくださいね!

(ちなみに私は自分なりにこれらの言葉を使い分けています)
posted by たかお at 03:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月07日

頭に来たときは懐を大きく!

本日メルマガ29号を配信します。

今回のテーマは「頭に来たときの懐の大きさ」です。

誰だってカチンと頭に来ることはあります。
そんなとき,感情に任せて怒り狂うこともあるでしょうが,はたしていつもそれでよいのでしょうか?

メルマガでは,偉人の名言とともに私の怒りの納め方も記述します。

メルマガ配信は無料ですので,気軽に登録してくださいね。

読者の方は,是非ご意見やご感想をお寄せください。
場合によってはご意見をメルマガで配信させていただきますが,その際はメールにてご連絡し,承諾を得た上で行いますので,よろしくお願いいたします。
posted by たかお at 02:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月16日

自分を投げ出す勇気

本日メルマガ第26号を配信しました。

今回は,私が中国へ行ったときの出来事から感じたことを基に,留学経験のある人は物の見方や考え方も幅が広いなぁ,といった内容です。

人にはそれぞれタイミングというものがあり,若いうちは興味がなくても,歳を重ねるごとに興味がわいてくることってありますよね。
例えば留学などもそのひとつで,若いうちに行くと,語学や文化の吸収も早く一般的によいとされています。
しかし,興味がないと,留学してもホームステイ先で引きこもり,外国語もロクに話せないまま帰国してしまうという人が多いと聞きます。
逆に年齢を重ねていても,興味があれば短期間で語学をマスターすることもできます(努力は必要になってくるでしょうが)。

つまり,人にはそれぞれ適したタイミングというものがあり,「無理に」何かを強要してもうまくいかない場合があるということです。

思い立ったら吉日,ではありませんが,やりたい!と思った時が往々にして何事においても最適なのだと私は思います。

ですから,シニアの方の留学なども私は大賛成なのです!
posted by たかお at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月05日

ボランティアは自己満足か?!

本日メルマガ23号を配信します。

このブログも気づけば1ヶ月近く更新していませんでした。

他の方でもそうなのでしょうが,ブログとメルマガの両立って意外と難しいものですね。どちらに何を書くのか,同じことを書くの?など。

私の場合は細かいことは気にしておらず,どちらかというとブログをおろそかにしてしまっているので,これからは,しっかり更新していきたいと思っている今日この頃です。

さて,メルマガ21号に記述した「ボランティアは自己満足か」に対して反響がありましたので,このブログにも転載させていただきます。

みなさんなりのご意見があると思いますので,是非お寄せくださいね。



〜〜〜 ボランティアは自己満足か? 〜〜〜

ある方いわく,ボランティアは自己満足だと・・・
ボランティアをしている多くの方は,他人に奉仕をしているという自分に酔っていると言うのです。

献身欲,自己犠牲への陶酔・・・

みなさんはこの言葉をどう捉えますか?

これは一見ボランティアという行動を極めて冷ややかに見た意見だと思われる方が多いでしょう。

だとするとボランティアは,やはり自己満足なのでしょうか?

見返りを期待するのをボランティアの定義からはずしたとして,純粋に他人のために自分を捧げることが,たとえ自己満足であったとしても,私はすばらしい行為だと思います。

なぜって?

普通の人にはできないからです。

ボランティアについてとやかく言う人ほど,自分を捧げることができない,または自分を捧げたことがない人なのではないでしょうか?

少なくとも,そうした行為ができる人は,しない人よりも数段すばらしい方だと私は思います。

たとえ,その根底が自己満足であったとしても,人を助け,人のためになる行いをしているわけですから。

物の見方は1通りではありません。対極から眺めてみることも考えが偏重しないためには大切なことです。
しかし,いつも対極からばかり物事を見ていては,これまた考えが偏重することになります。

事実を事実と受け止め,冷静に判断した結果,私はボランティアはやはりすばらしい行為だと思います。

もちろんボランティアをされている方の多くが,自己満足だけで行っている訳ではないことも,よく知っていますしね!
posted by たかお at 16:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月11日

「怒る」と「叱る」の違い

本日メルマガ19号を発行しました。

テーマは「怒る」と「叱る」の違いです。
その内容を抜粋して紹介しますね。

みなさんは「怒る」と「叱る」の違いはわかりますか?

これらは言葉では違いを表しにくいのですが,ニュアンスとしての違いは何となくお分かりいただけるでしょうか?

う〜ん,よくわからないなぁ,という方のために,私なりの解説をしますね。

実はこの2つの違いは,その行動の中心が誰にあるかを考えると分かりやすいと思います。

「怒る」というのは,文字通り怒っている本人が中心となっている言葉です。
理由が何であっても,筋が通っていても通っていなくても,相手が悪くても自分が悪くても,その本人が腹を立て憤慨している状態を表す言葉です。

それに対して「叱る」という言葉は,本人が怒っているというよりは,相手に対して不具合を指摘し,改善を求める。または,相手のためを思って,というように相手に中心が置かれている言葉であると思います。

「自分の癇に障ったから」「ムカツクから」「相手が気に入らないから」という理由で怒る上司や指導者を見かけます。決して部下や友人のためにしているのではなく,「自分の気持ちを解消したいから」「八つ当たりしたいから」という理由であることが周りにも見え見えである場合,見ている人も気持ちがよくありません。

相手のためを思うのであれば,どうぞ怒るのではなく,叱ってあげてください。

起こられた側は,逆に腹を立てますが,叱られた側は必ず感謝の気持ちを持つことでしょう。

(「怒る」と「叱る」の言葉の違いについては,国語学者等からは異論があるかもしれません。しかし,このメルマガでは発行者の私的意見で述べておりますのでご了承ください)

もうひとつ,「怒る」と「叱る」の重要な違いがあると思いますが,それはメルマガにて紹介しています(一言だけですけど・・・)。

登録フォームを新しくしたので,是非ご登録ください。
メルマガは無料です!
posted by たかお at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月02日

人望を生み出すのは?

世の中には,人望がある方と人望がない方がいらっしゃいます。
お金や地位ががあっても人望のない方。
お金や地位がないけど人望のある方。
また,お金も地位も人望もある方。

ところで人望って何でしょう?

・人から慕われること
・人から信頼されること
・人気があること

一般的にはこのように言われています。

では,人望はどのようにして生まれるのか?
ほんの2,3分でいいから考えてみてください。

そしてあなたはそのように生きていますでしょうか?

私なりの「人望」に関する意見は本日メルマガで配信しました。
無料のメルマガですので,興味がある方はご覧くださいね。
posted by たかお at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月24日

優しさって何?

1月16日にメルマガで配信した内容について,ご意見がいくつか寄せられました。
メルマガの文章を下に記述しますので,お暇な方は読んでみてください。
まだまだ文章が下手ですが,許してくださいね。


〜〜〜 優しさって何? 〜〜〜

私は「人はもっと優しくなれる」という言葉が大好きです。
自分に優しさが足りないと思ったときや,他人が困っている姿を見たときに,
自分にそう言い聞かせることで「よし!手を貸してあげよう!」と思えるから
です。

しかし,何でもかんでも手を差し伸べることが優しさではないことは,みなさ
んもご承知だと思います。

例えば,小さな子どもが走り回っていて転んだとき,周りの大人が起こしてあ
げないで,自分で起き上がらせるのも優しさですよね。
これは,その場の状況だけを考えるのではなく,その子どもの将来までも考え
てあげた優しさです。

つまり本当の優しさとは
「親身になって相手のことを考えた言動」
であるといえます。

時には相手に試練を与えることも,相手のことを真剣に考えているのならば優
しさだといえるのです。

実はこの場合は,受け手が「優しさだ」と認識できない場合があります。

しかし,それも一時のこと。

時間が経って当人が成長したときに「あれは優しさだったんだな」ということ
にジワリジワリ気づいてくる・・・。

このような優しさを与えられる人はある意味,演技派なのでしょうね。

さて,今回一番お話したかったのは,
「相手に気づかれない優しさ」
「さりげない優しさ」
には感動があるということです。

いかにも周りに「私優しいでしょ!」とアピールするかのような優しさ(こう
いうのをお節介というのかもしれません)を振りまく方もいらしゃいますが,
度を過ぎると,周りに不快感を与える場合があるんですよね。

「その場の優しさは,その場のありがとうを生む」
と思いますが,反対に,
「相手に気づかれない優しさは,後から感動を生む」
と私は思っています。

優しさは当人に気づいてもらいお礼を言ってもらうためにあるのではありませ
ん。
お礼を言ってほしいと思うのは,優しさではなく,自己満足だからです。

いいじゃないですか!本人に気づかれなくても!
「見える優しさ」だけでなく「見えない優しさ」を大切に・・・
いや,見えるか見えないかなど関係ありません。

相手のことを考えた「真の優しさ」を与えられる人間。
そういう人間に私はなりたいと思っています。



以上です。
posted by たかお at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月16日

優しさ

日本人は「ありがとう」や「ごめんなさい」を多用すると言われます。

最近はすぐに「ごめんなさい」や「すみません」を連発する人が増えているように感じますが,実は言われた側にあまり良い印象を与える言葉ではありませんよね。

謝りのテクニックとして「まず最初にごめんなさいを言う」というのがありますが,お詫びの意味ではなく,日常会話がまず「すみません」から始まる方は,少し考え直してみると良いのではないでしょうか?

ちなみに,「ごめんなさい」「すみません」の言葉を「ありがとう」に置き換えるだけで,人間関係が円滑になり,また,自分の心も卑下されていかないといいます。

あなたも明日から実践してみてはいかがでしょうか?

今夜(1/16)配信するメルマガでは「優しさ」をテーマにしています。
わかっていてもついつい自己顕示してしまう「偽優しさ」。
私もあります・・・。

軽く目を通していただいて,ほんの少しだけ「優しさ」について自分の姿を見つめなおしてみませんか?

posted by たかお at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月13日

人はもっと優しくなれる!

本日メルマガ12号を配信しました。

人の心を解く方法がテーマですが,
人の心を解く方法に王道はありません。
ただし,その入り口についてコメントをしておきました。
当たり前のことなのですが,ちょっとだけ気をつける点も書いておきましたので,よかったらご覧ください。

さて,私は
「人はもっと優しくなれる」
という言葉を大切にしています。

私も人間ですから,カチンと頭に来ることもあります。
そのような時「自分の心はもっと大きいはず」と言い聞かせてcool downさせることが多いのですが,人に手を貸したりするときに,自分の体調がよくなかったり,ちょっと面倒だなと思うときに,この「人はもっと優しくなれる」という言葉を自分に言い聞かせます。

そうすると,自然に手を貸してあげられるからです。

みなさんも
「自分はもっと優しくなれる」
と自分に言ってみてください。

1つでも2つでも,優しい気持ちになった行いができると思いますよ!
posted by たかお at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月02日

私が認める人格者

みなさん,明けましておめでとうございます。

突然ですが,あなたが「この人は人格者だなぁ」と思う人ってどんな人ですか?
すごく優しい?自分の財産を投げ打って人を助けている?一代で大会社を築いた?自分の命と引き換えに人の命を救った?・・・

世の中には,尊敬という言葉では表せないほどすばらしい人がいますよね。

今回,私が尊敬している人物を紹介します。

いったいどのような方かというと・・・

「人の話を聞くときに,必ず話し手の方に体を向けて話を聞かれる方」

です。

えっ?こんな内容は小さいですか?

私たちは忙しいときに,何かをしながら話を聞いたりしていませんか?時には,話し手を見ることなく返事をしたりしていませんか?
これが仕事の事務連絡ならともかく,人が相談に来ているときなどを考えてみるとどうでしょう?

これって,心の大きさなのだと思います。

人の考え方,価値観は人それぞれですが,私はこの方を越えられないなぁと思いました。

何か大きなことをしなくても良いのです。自分の身の回りの小さな感動や小さな尊敬を自分の心に蓄積していき,自分を磨いていきたい。それが2008年の目標ですね!
posted by たかお at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月25日

心の底から人の悩みを聞く苦悩

あなたは,本当に心の底から人の悩みを聞いてあげたことはありますか?
あなたは,誰にも相談できない深い悩みを聞いてあげたことはありますか?

周りに困っている人がいたとき,すぐに声をかけてあげるのが優しさなのでしょうか?

人の相談に乗ったり悩みを聞いたりしてあげるときには覚悟を決めてください。

なぜなら・・・
その人の重荷を半分背負うことになるからです!

人の悩みを聞いてあげるなと言ってるのではありません。

私も自殺志願者や家庭に悩みを抱えた人の相談に乗ったことがありますが,聞いてるだけで辛くてアドバイスできなくなることもしばしばありました。

上辺だけで,悩みを聞いているフリをしている人が意外と多いものです。

他人の深い悩みを聞いてあげるときは,こちらも体調と精神を整えてから聞いてあげるのもひとつのマナーかもしれませんね!
posted by たかお at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月16日

人にストレスを与える人間とは

人にストレスを与える人間って日常生活にたくさんいますよね。

人がストレスを感じるのは自然や物ではなく,やはり人間関係であることが多いのは事実です。

自分以上の仕事を与えられたプレッシャーは,現代社会の大きなストレス源です。
部下の力量や得意分野を見極めて的確な指示ができる上司というのは,実はあまり存在しないのが現状です。
これは,人間性が足りないのではなく,社会の仕組みとして「余裕がなくなっている」のが原因です。
管理職の仕事というものを経営者がしっかりと位置づけることが,できていない場合が多いのです。
むしろ管理職には暇を与えてしまうくらいの方がよいかもしれません。
暇な時間を無駄に過ごすのなら管理職としては×。暇な時間を部下に対して使えるのなら○です。

話がそれましたが,最も嫌われる上司のパターンのひとつを挙げましょう。
それは,
「気分にムラがある上司」
です。

自分の気分で指示の仕方や指示内容までコロコロ変わる人がいます。
部下は振り回されるだけ・・・
キツク言われても,自分には関係のないところで上司の機嫌が悪いので,言われた側は納得できない・・・

怒られても納得できることが大切。納得できないことは人にとって大きな大きなストレスになることを,経営者・管理職は分かってあげましょう。

それが社員を人として扱うことなのだと思います。
そしてそれが役職という壁を乗り越えた人間関係を円滑にする心遣いなのです。
posted by たかお at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 人格者の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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